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マグダラのマリア2 作られたマグダラのマリア像

ジョット ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな
【ジョット ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)14c】
真ん中の赤いマントの女性がマグダラのマリア

岡田教授
の授業はまだまだ続きます。
聖書の記述と新たに発見された資料に基づいています。
かなり信憑性が高いと思われます。

第2章-1 作られるマグダラのマリア像  (8:43)

教皇大グレゴリウス(在位590−604)による大加工が行われた
「グレゴリウス聖歌」はこの教皇を讃える歌

マグダラのマリアのイメージを脚色した

聖書に登場する他の女性のイメージを組み合わせた
「罪深い女」ルカ
「ベタニアのマリア」ヨハネ
そして、悪霊にとりつかれた罪深い女がキリストによって回心するという設定にした

大加工した主な部分

・髪の毛に特徴(長くて豊かな金髪)
・行動パターン(キリストの足下に駆け寄る)
・家族(姉マルタ、兄ラザロがいる)
・両義性、二面性

比較作品

ドナテッロ作マグダラのマリア(彫刻)
ドナテッロ作 マグダラのマリア(彫刻)1450年代半ば
苦行者としてやせ細っているマリア
こちらが真実に近い

ティチアーノ作 悔悛のマグダラのマリア
ティチアーノ作 悔悛のマグダラのマリア 1530年代
豊満な肉体と長い金髪、油の壺が左下にあるのでマグダラのマリアだとわかる。このように次第に加工されていった


第2章-2 作られるマグダラのマリア像(7:28)

マグダラのマリア像の完成

さらに書き込みが進んで
美貌の持ち主
とても裕福だったとなる。
「回心前と回心後のギャップ」が大きいほど信者の心をとらえる
劇的Before、After 

プロヴァンス地方
【プロヴァンス地方】

マグダラのマリアの余生と死

プロヴァンスの伝承(11世紀頃)
・キリストの死後、南フランスに渡り、そこで余生を送った
・プロヴァンスでキリスト教を布教した
サント・ボームの洞窟で苦行、神秘体験、空中浮揚
その地で死に埋葬された

サント・ボームの山頂
【サント・ボームの山頂】

サント・ボームは聖地となった
マグダラのマリアの「遺体とされるもの」をめぐる争奪戦
最も由緒正しい聖地はどこか?
当時は聖杯伝説が盛んだった

つづきます。

:::::::::::::::::::::::::::

リマ:本当に歴史は面白いです。マグダラのマリアの加工は興味半分ではなく、ある恐ろしい意図があったのです。それは後半の授業でわかります。

また、マグダラのマリアは南仏地方でが余生を送ったのですね。彼女は私たちが想像しているより、はるかにすごい女性だったようです。


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2011.01.21 Friday 08:36 | comments(0) | - | 
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