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「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き
母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き

おすすめ平均
stars主張がわかりにくい
stars愛情を感じないで育つと自己否定に苦しみます。
starsだけどその重さは人それぞれ
stars母親もかつて誰かの娘であった
stars母を捨てざるを得ないということ
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信田さよ子さんの本を何冊か読みました。
女性の視点にたっているので、すごく共感できます。

この本では母と娘の関係について書いています。
母親たちは娘にいろいろな期待をかけてきました。そして、中高年になっても成人した娘を巧妙にコントロールして自分の思いを実現するのです。

実例をあげて、母親が娘をどのように思い通りにコントロールしているかを説明しています。
どこにでもいるような母と娘の関係が、実は依存と支配なのです。

いくつかのタイプに分けてあります。
解説を読むと、ああなるほどと思えます。

1.独裁者としての母と従者の娘
2.殉教者としての母と罪悪感にさいなまれる娘
3.同士としての母と絆から離脱不能な娘
4.騎手としての母と代理走者の娘
5.嫉妬する母と芽を摘まれる娘
6.スポンサーとしての母と自立を奪われる娘

このような母親があらわれた背景には、社会的構造としての母性信仰があるのです。それは日本が近代化して、戦争が起きたとき、経済成長期に母性愛が強調されたときでした。

母性愛がなぜ問題なのかというと、たとえば自己犠牲の場合、「あなたのためなのよ」「ママはどうでもいいの、あなたさえよければ」「あなたの幸せがママの幸せなの」となります。

自分を後回しにしてどうでもいいと考えることは、自分を空虚にすることである。空虚になるということは、何者でもなくなり、目の前にいる子どもにそのまま空気のように一体化することだ。のり移る、憑依する表現することもできるが、重要な点は、一体と感じているのはあくまでも母のほうであるということだ。

それは子どもの合意がなく一方的である。
そもそも親は子どもに自分と違う意志があるなどとは考えていないのだ。

子どもにとっては、あたかも母が自分に乗り移り憑依し、最後は自分を飲み込んでしまうように見えるだろう。
犠牲者・被害者である母は、絶えず「あなたのために」を唱え続け、子どもは自分のせいで母は被害を被ったのだと思いこんでしまう。母の自己犠牲的態度は、こうして子どもの根深く理由のない罪悪感を喚起する。

なぜ母は自己犠牲的なのか。「ママはどうでもいいの、あなたさえ幸せなら」という自己犠牲的発言の裏によどんでいる欲望の存在を明確にすること。そうすることでしか自分の欲望を実現することができなかったのである。

では、どのようにすれば、こんな母のがんじがらめの関係を脱出することができるのでしょうか。
娘に問題が起きると母親は娘をなんとかしなきゃとカウンセリングを受けにきます。

信田さんのカウンセリングでは、まずそんな母親には親子関係やカウンセリングの基本などの教育プログラムを受講させます。
その後、母親たちはグループカウンセリングに参加します。
子どもの問題で困っている母親たちのグループです。

このミーティンググループで話しているうちに、思いもかけなかった問題が浮かび出てくることがあります。それは父親(夫)の問題です。

こうして、子どもの問題だと思っていたことが、実は夫と妻の問題が根っこにあることがわかってくるのです。

ズバズバとはっきりした語り口が実に爽快です。
母娘関係を見直したい人におすすめです。 (^^)

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2010.05.06 Thursday 00:24 | comments(0) | - | 
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