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ラマナ・マハルシ『私は誰か?』はじめに

マハルシ2

【ラマナ・マハルシ】

『私は誰か?』pdfは、ある税務署職員がラマナ・マハルシに尋ねた問答集です。


1902年、シュリー・シヴァプラカーシャム・ピライが、アルナーチャラの丘の洞窟にこもっていたマハルシに霊的な指導真我探求の疑問に対する解答を求めました。

以下、「はじめに」をもっと簡単にまとめてみました。

簡単そうですが、奥が深いです。 (´∀`)


マスターゲート氏の教え一切唯心造と通じるものがありますね。

〜〜〜〜〜〜〜〜

はじめに

当時のマハルシは語ろうという衝動が起きなかった。
それゆえ、バガヴァーン(マハルシ)は答えを指で砂の上に書き、それを手でかき消すと、また次の答えを指で書いた。

シュリー・ピライは、全部で十三あった問答を記憶し、それを紙に書きとどめた。
この記録は後に出版された。
この本は版を重ね、二十八の問答が収録された。

その後バガヴァーンは自分自身でこの質疑応答集の中の質問や答えの文章を練り直し、いくつかを削除して、散文体に書き直した。

現存する英訳はこの散文体のものである。

『真我探求』とともに、『私は誰か?』は
師自身の言葉による教えの最初期の記録である。

どちらも真我探求が解脱の道への王道であることを明記している。

特に『私は誰か?』では、探求に関する分かりやすい説明が見られる。

心は想念から成り立つ。
心の中に最初に現れるのは「私」という想念である。
「私は誰か?」という探求を忍耐強く繰り返したとき、その他すべての想念は破壊される。

そして最終的には「私」という想念自体も消え去り、
至高なる非二元性の真我だけが後に残る。

そのとき、真我ではない身体や心という現象と真我との偽りの自己同一化は終焉し、直接体験としての啓示が起こるのである。

「私は誰か?」と探求を始めるやいなや他の想念が起こる。
だがその想念の後を追うのではなく、
「この想念は誰に起こったのか?」と尋ねるべきである。

なぜなら精神集中に熟練した心にとって、真我探求は容易になるからだ。
絶え間ない探求を通して想念が破壊されたとき、「私」という想念さえ存在しない「沈黙」の体験の中で、究極の実在である真我は実現されるのだ。


これがバガヴァーン・シュリー・ラマナ・マハルシの『私は誰か?』の教えの要諦である。

T.M.P.
マハーデーヴァン
マドラス大学

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2017.04.19 Wednesday 09:28 | comments(0) | - | 
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