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鹿になった王様 プンジャジのお話

まんだら

【春日鹿曼荼羅一部】


プンジャジ、王様シリーズの3回目です。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『覚醒の炎』p32〜


古代インドに、長年王国を支配した1人の王がいた。
ある日、彼は妻に言った。


「私の髪は白くなり始めた。

私には他に成し遂げなければならない重要なことがある。

私はお前と別れ、王国を去り、国政を離れて森に行かなければならない。

私はそこで瞑想をして解脱を得るのだ。

私は真我を探求したい。

お前は大臣たちの助けを借りて王国を統治しなさい。

どうか私を追わないでほしい」


彼は森の奥深くに入ると、簡素な小屋を建て、そこで瞑想を始めた。
彼がそこで暮らしている時、ある猟師が妊娠中の鹿を射止めた。
鹿は死んだが、子鹿は母親の胎内から出て死を免れた。


今やサンニャーシン(遊行僧)となっていた王は、泣き叫ぶ小鹿を哀れに想って連れ帰った。
そして彼の小屋で子鹿にミルクを与えて面倒を見たのだった。
彼は新米のペットにすっかり恋してしまった。


女王と別れながらも、真我に瞑想する代わりに鹿との恋に落ちたのだ。
これが足跡(印象)がどのように現れ、どのようにあなたの未来のカルマを形作っていくかを示す物語だ。


この人には2つの強い熱情があった。
苦行によって解脱を達成しようという欲望、そして鹿への強い愛情だ。
彼が死を迎えようとしていたその時、最後の思いは子鹿の事だった。


「もし私が死んだら虎が鹿を食べてしまうだろう」


これは慈悲の心ではある。
だが、執着心でもあるのだ。
次の生で、彼は鹿として生まれた。

 

それでも過去生で多くの瞑想をしてきたため、バーラトと呼ばれる賢者のアシュラムに鹿として生まれたのだった。
彼はそのアシュラムで生を送り、サードゥ(修行僧)のように暮らしていた。
彼は他の動物と交わることなく、サードゥとともに座り、彼らの聖典の詠唱に耳を傾けていた。


再生はこのようにして起こる。
この王は瞑想への欲望と鹿への執着を抱いていた。
そして次の生では鹿として生まれ変わり、森で瞑想するサードゥの仲間になったのだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


リマ:なんか、良いですね〜
神秘的な美しい情景が目に浮かびます。

一片でも執着があると解脱できないというたとえ話ですが、
私の好きなお話です。
・:*:・(*´∀`*)・:*:・

 

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2017.05.23 Tuesday 08:29 | comments(0) | - | 

あなたの魂はガンではありません。プンジャジのお話

【パパジ、ムージと歌う】


普通の人は病気になったとき
「私はガンだ」と言いますが、
その人がガンそのものになったのではなくて、
その人の体にガンが出来たのですよね。

 

ゲリー・ボーネルさんは、意識には肉体意識と魂意識があると言います。
意識にも種類があるのです。

病気になるのは肉体意識です。
肉体が病気になっても魂は病気になりません。

 

マスターゲート氏の自覚法では、これらの考えを常に区別します。


「私は自分がガンだという考えを創っているんだなぁ〜」
「私は自分がガンで死ぬかもしれないという考えを創っているんだ」
「私は死の苦痛は恐ろしいという考えを持っているのだ」


このように、自分の考えは自分が作っていることを自覚することで、真我の自分と今の自分を分けることができ、悩みや苦しみも自分が作った考えであることが腑に落ちるようになります。


ラマナ・マハルシの弟子、プンジャジの本から、身体と病気の話をご紹介しますね。


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『覚醒の炎』プンジャジ 274ページ〜


誰もが過去世での出来事や、関係性や、欲望や、嫌悪感によって決定された活動が書き記された脚本を手にしてこの世界に生まれてくる。


非常に強烈な自由への欲望を抱いてこの生を授かる人もいる。
この自由が達成された後も、身体的存在は続いていく。


そしてそれは過去世の執着と欲望の結果のすべてを体験することになるのだ。
解脱した人の真我はまったくカルマを体験しない。


だが身体は過去生の関わりや執着によって決められた脚本に従って地上での一生を終えなければならない。


ラマナ・マハルシはガンだった。
ラーマクリシュナもガンだった。
ヨガナンダもガンを患っていた。


体は過去の行為の結果を体験し続けるだろう。
だが、真我実現した人がそれらを気にかける事はない。


彼は自分が病気で苦痛を体験している身体ではないことを知っている。
あるいは自分が体を動かしている個人ではないことを知っている。


彼はただただ体を通してブラーラブダが完結していくのを超然と見守るだけなのだ。
*プラーラブダカルマ(解決されていない考え)


今生で自由を獲得した人が再び生まれかわることはない。
それはつまり最後の人生で未完の身体的カルマをすべて結実させなければならないことを意味しているのだ。


そのため、解脱した人は時折非常に病んだ身体で最後を迎えることになる。
すべての顕著なカルマが彼らの身体に入り込むからだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

リマ:最近、スイーツを食べ過ぎて体重が増えました。
そんなとき、
「私、食べ過ぎて太っちゃった〜」
と言いますが、正確には
「甘い物を食べ過ぎて私の肉体の重量が増加しました。
しかし、私の魂には変化はありません」
なんですよね。


肉体のために、当分食べるのを控えようと思います。
 (;^ω^)

 

『覚醒の炎―プンジャジの教え』

 

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2017.05.19 Friday 09:42 | comments(0) | - | 

あなたも乞食なのですね。王と遊行僧の対話

ガネーシャ

【富と学問の神 ガネーシャ様 画像はこちらからお借りしました。】


ラマナ・マハルシの弟子、プンジャジのお話は面白くてわかりやすいです。
私のお気に入りの話をもう一つご紹介します。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

『覚醒の炎』p68〜


もう1人、誰であれ助けを求めてきた者には施しを与えるというインドの王がいた。
神への祈りを終えると王は宮廷に現れ、誰であれ面会に来た者に施し物を与えた。


1人のファキール(遊行僧)が祈りの最中に彼に会いに来た。
王は声に出して祈りを捧げていたのでファキールにもそれが聞こえた。
彼はいくつかのことで神に助けを求めていたのだ。


祈りを終えた王が出てきてこう言った。
「祈りは終わった。何が欲しいか言いなさい。なんであれあなたに与えよう」


ファキールは答えた。
「私は王様に会いに来たと思っていたのですが、あなたもやはり乞食なのですね。
あなたが神にお願いしていたのを聞きました。
私はわずかばかりの欲望を満たしてもらおうとしてここに来たのですが、どうやらあなたがお願いしていた人に直接頼んだほうがよさそうです」


この世に乞食でない人がいるだろうか?
誰もが誰かからあるいは神自身から請うている。
だが、別の方法もある。


もし何も頼まず、何も望まなければ、全てはあなたに与えられるのだ。
神のもとに行き、「これが欲しい」「あれが欲しい」と頼めば、神は喜んでそれを与えるだろう。
あなたは望むものを得、そして神から立ち去っていく。


だが、あなたが何も望まず、何も頼まなければ、そのとき神はあなたはどこへ行こうとその後をついて歩くのだ。
あなたが何をしようと、どこへ行こうと、彼は常にそこにいる。


何も頼んではならない。
何も望んではならない。


そうすれば全てはあなたに与えられるだろう。
その時あなたはもはや何も請う必要がなくなるのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

リマ:なんだか、身につまされます〜
私も天にお願いとか、引き寄せの法則とか興味ありますが、結局は無心、無欲、無執着が一番強いのです。

 

早くこんな心境になりたいものです。
・:*:・(*´∀`*)・:*:・

 

『覚醒の炎―プンジャジの教え』

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2017.05.14 Sunday 09:13 | comments(0) | - | 

王と乞食の前世 プンジャジの話

マハラジャ

【マハラジャの凱旋】

 

ラマナ・マハルシの弟子、プンジャジの本はたとえ話が多くて楽しみながら読めます。
その中から一つご紹介します。
本当はもっと長いですが、私が気に行った部分を少し短くしてみました。


パパジとはプンジャジのことです。
文章が格調高くて、読むだけで
波動が高くなるようです。
.。.:*・゚゚・(´ー`).。*・゚゚・*:.。.。。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『覚醒の炎』167ページから


質問者:全ての人が自由で、しかも自分が自由であることを知っているような惑星がどこか外に存在するのでしょうか?


パパジ:いや。自由が手に入るのはこの惑星だけだ。
もし自由を求めるなら、神をも含めた誰もがここに来なければならない。
神でさえもここに来なければならないのだ。


自由が起こるのはこの地球だけだ。
他の場所はすべて快楽と苦痛のために存在している。
最終的には、誰もがここに来なければならない。


これら何生にもわたる転生の神秘は、ほんの一瞬のうちに起こる。そ
れは長く複雑な物語が一瞬の夢の中に現れるようなものだ。


これを説明するいにしえの物語がある。


ある国の王が戦いから凱旋した。
王は疲れ果てていて、彼の師(グル)が来るまでの一瞬の間に、数秒間眠ってしまった。
師がやってきたので、王は師に席を譲って話した。


「私は今、うたた寝をしました。ほんの数秒のことでした。
その夢の中で、私は乞食だったのです。
私は何年も乞食として生き、森林近くの村の周辺で食を乞うていたのです。


ある日、村の向こうへ歩いて行った時、1人の乞食に会いました。
彼は言いました。
「今日、王様のご子息がお生まれになった。
それで王様は皆にご馳走するから宮殿に集まるようにと言われたのだ。
今日は乞食をしなくても良い。その上、王様はみんなに服をただでくださるそうだ」


宮殿につくと、誰もが金貨やお菓子や衣服などを受け取っていました。
皆は幸せそうでした。
私は思いました。
「私の格好はあまりにも汚い。新しい服を受け取り、王様の食事をいただく前に外で体を洗おう」


桶に水を汲んでいたとき、1匹の犬がやってきて、足元に置いた食べ物の袋を盗んでしまったのです。
犬を追いかけた時、私は石につまずいて倒れてしまいました。
地面に倒れたその瞬間私は目を覚ましたのです。


私は乞食としてひどく苦しみました。
いつも空腹で、食べ物のために犬を追いかけて戦ってでも食べたいほどだったのです。
私が夢の中で犬を追いかけた時は70歳でした。


私の質問は「一体どちらが現実なのか?」ということです。


私が乞食だった時、すべては現実味を帯びていました。
私の苦しみも、乞食であったことも現実でした。
犬を追いかけたことも現実に見えました。
乞食の群れの1人としての私もやはり現実だったのです。


今私は王であり、乞食に施しをする立場にいます。
一体どちらが夢で、どちらが現実なのでしょうか?」


師は言った。
「どちらも現実なのだ。

乞食だった時あなたは乞食であり、王ではなかった。
あなたには王国もなかった。
それからあなたはその状態を拒否してこの状態に入ってきた。
そして今、あなたは『私は夢を去って現実に戻った』と考えている。


だが今あなたがいる非常に現実を帯びた状態もやはり夢でしかない。
それでも、それが続く間はあなたにとって現実に見える。
だが、ある日あなたはこの夢からも覚めるのだ」


王はうたた寝をして、70年間乞食として苦しんだ。
そしてそれから目を覚ました。
その人生は一瞬のうちに起きた。
あなたが真我に目覚める時、三千五百万年の間に誕生に誕生を重ね、そのたびに際限のない苦しみを味わってきた転生の全ても、やはり一瞬の夢でしかなかったことを知るのだ。


「これはみな夢だった。輪廻転生もみな夢だったのだ」と。


賢者はこれを知っている。
だが無知な心は何も知らない。
それでも、無知が取り除かれれば智慧はそこにある。


智慧が全ての無知をぬぐい去り、乞食の状態はあたかも一度も存在しなかったように消え去るのだ。
これが全ての人にとって最終的な運命なのだ。
遅かれ早かれ誰もが目を覚ます。
それが人間としてあなたが生まれながらに持っている権利なのだ。
目を覚まして自由になる決意をするために、あなたはこの体を授かった。


自由になりたいと決意しなさい。
それだけだ。
誰であれこの強烈な決意をして、それを貫き通す人はそこに到達するだろう。
ただ強烈な決意だけが必要なのだ。

 

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2017.05.10 Wednesday 09:53 | comments(0) | - | 

『覚醒の炎―プンジャジの教え』

『覚醒の炎―プンジャジの教え』

 

ラマナ・マハルシの弟子にプンジャジと言う人がいます。


彼は6歳のときに覚醒体験をしました。
しかし幼い彼には、それがどういう状態だったのか、わかりませんでした。
その恍惚感は三日間続きました。


彼はその時に起こったことを、純粋な美と幸福の体験だったと言っています。
彼はそれからの人生を再びこの体験を得ることに費やしました。


クリシュナ

【クリシュナ神】

 

彼の母親はクリシュナ神を信じていたので、クリシュナ神に帰依すれば必ずその至福の状態を取り戻せると彼に話しました。
そこで彼は母親の助言に従ってクリシュナ神の絵姿に強烈に精神を集中しました。
そして、クリシュナ神が彼の前に姿を現し一緒に遊ぶことができるようになりました。


13歳のときに、彼は今度は教科書の中の仏陀の姿を見て恋に落ちました。
母親のサリーをにまとって仏陀の真似をし、断食したり、道ばたで説教をしたこともありました。


16歳のときに伝統的な見合結婚をして行商人として働き始めました。
主にスポーツ用品や外界医療器具を販売したのです。
そして、妻や子供達を養うのに十分な収入を得ることができました。


第二次世界大戦が勃発した時、彼は英国軍の将校して士官しました。
しかし、その仕事が自分に合わないことがわかり、辞職してクリシュナ神を見ることにを可能にしてくれるグルを探すことにしました。


インド中のほとんどすべての高名なに人出会う旅になりました。
「あなたは神を見たことがありますか?もしそうなら私に紙を見せてくれますか?」と言う彼の問いに答えてくれたグルは1人もいませんでした。


失意のうちに旅から戻った彼のもとに、1人のヒンドウ教の修行僧が現れました。

「あなたは神を見せる私に見せることができますか?もしもあなたにそれができないなら、そうすることのできる人を誰か知っていますか?」

と問うと、修行僧は答えました。


「ええ、あなたに神を見せることのできる人を知っていますよ。もし彼に合えば、あなたの問題は全て解決するでしょう。彼の名はラマナ・マハルシです。」


彼はグルを探求する旅で持ち金を全て使い果たしていたため、ある会社での仕事を始めました。

そして、それで彼は南インドに行くことができるようになったのでした。


ラマナ・マハルシのアシュラムに着いた時、驚いたことにラマナ・マハルシは彼の家に現れた修行僧でした。

まんまと騙されたと思って失望した彼はアシュラムを立ち去ろうとしました。


そこで聞いたのは、ラマナ・マハルシは50年間この町を1度も離れたことがないと言うことでした。


ラマナ・マハルシと会ったとき、彼は「あなたは私の家に来た人ですか?」と尋ねました。がラマナ・マハルシは沈黙するだけでした。

そして、彼はいつもの質問をした。

「あなたは神を見たことがありますか?もし見たのなら、私に神を見せてくれますか?」


ラマナ・マハルシは答えました。
「私にはあなたに神を見せることができない。
なぜなら神は見られる対象ではないからだ。
神は主体だ。
彼は見る者なのだ。
見られるものである対象物に囚われてはならない。
誰が見る者なのかを見出しなさい。
ただあなただけが神なのだ。」


プンジャジにはラマナ・マハルシの次の言葉が心に響きました。
「神を見たがっているこの『私』とはいったい誰なのか、それを見出しなさい」


プンジャジ1

 

プンジャジの証言

この言葉を言い終わるやいなや、彼は私を見つめた。
彼の瞳が私の目を貫いた瞬間、私の全身は震え始め、神経がおののくほどのエネルギーが体中を駆け抜けた。
神経組織の先端は舞い踊り、髪の毛は逆だった。
その時私は内なる霊的ハートの存在に気づいたのだ。
これは物理的な心臓のことではない。
それは、むしろ存在する全てを支える基盤とも言えるものだった。

私にいえるのは、ラマナ・マハルシの臨在のもとで、彼のまなざしによってハートが花開いたという事だけだ。
それは今まで体験したこともない驚くべき体験だった。
私は何かの体験を求めていたわけではなかったため、その出来事は私を完全に驚愕させた。


その後、プンジャジは、ラマナ・マハルシの帰依者となり、仕事の合間にラマナのアシュラムに通うようになりました。


1950年、ラマナ・マハルシが肉体を離れた時、プンジャジは修行僧として生きようとしましたが、運命はまたも、彼に別の計画を与えました。
今度は家族35人を養うために、鉱山会社の支配人の仕事につくことになりました。


15年働いた後、引退してガンジス川のほとり、ハリドワールの町に住みながら、インドや海外を広く旅しました。


アルーナ

アルーナ・バイヤースさんもパパジの元で覚醒したお一人です。】
 

自分から教えようとはしなかったのに、世界中から多くの人が彼に会うためにやってきました。
センターやアシュラムを作ることもこばみ、自分から訪れることを好みました。


そして、体に負担になってようやくラクナウの町に落ちつき、人生最後の時期に、毎日サットサンを行い、1997年9月6日87歳で亡くなりました。


この本は、主に西洋人との対話を集めたもので、現代人にわかりやすいです。
彼は、晩年は「尊敬するお父さん」という意味の「パパジ」と呼ばれていました。


ラマナ・マハルシの教えを現代人にわかりやすく教えてくれます。
とても読みやすいのでオススメです。


この文章は、「はじめに」を簡単にまとめましたが、それでも長くなってしまいました。

この本から私の気に入った文章を少しずつ紹介していきたいと思います。

 

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セルフ前世 個人レッスン→HP☆☆☆

セルフ前世練習会は毎月開いています。
次回は

5月14日(日)セルフ前世練習会

*6月はお休みします。
 

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2017.05.05 Friday 10:00 | comments(0) | - | 
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