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古代エジプト庶民の暮らし

遺跡
【デル・エル・メディーナの街の跡】

NHKスペシャル 知られざる大英博物館(1)
   古代エジプト 民が支えた3千年の繁栄


2012年の放映ですが、古代エジプト庶民の暮らしの特集です。

古代エジプトと言えば、今まではファラオや神官の話が主でしたが、この特集では庶民の暮らしぶりの片鱗を伺わせる研究成果がいろいろ見られて面白かったです。

動画は私は無料サイトで見ました。
検索すれば見つかりますが、
すぐ削除されるようです。

NHKオンデマンドで探したのですが、見つかりませんでしたので、
この番組を見た人の感想を貼っておきますね。

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2012年7月25日
古代エジプトの庶民の暮らし

http://antiquenostalgia.blogspot.jp/2012/07/blog-post_25.html

リマ:適当に要約しました。

・2700年前の女性のミイラからわかったこと

庶民は安上がりな方法でミイラを作っていた。

・スーダンのアマラ西遺跡での発掘作業からわかったこと

3300年前の街の跡が見つかり、発掘調査が続けられている。

    ゴミが増えすぎて家を建て直しした形跡
    → ゴミ問題がすでに起こっていた

    二世帯住宅の跡
    → 家族単位のプライバシーを大切にしながら暮らしていた

    ワイン壷の発見
    → 庶民の中にもワインを飲めるほど裕福な人がいた
庶民はビールというのが今までの通説

・ミイラになれなかった人々の墓の骨の分析から・・・

    骨粗しょう症の高齢女性の骨が見つかる(「古代エジプト人は短命」説覆る)
    贅沢病と言われる痛風の人の骨が見つかる
    炭素と窒素の分析より、小麦のパンと草食動物などを食べていた。
  → バランスのよい豊かな暮らしぶり


・ケンヘルケプシェフという人が残したパピルスからわかったこと

近年、民衆に広く普及していた「民衆文字」の解読作業が進んでいる。
3200年前に存在した、ケンヘルケプシェフさんという人が残したパピルスの解読により、
当時の庶民がどんな思いを抱いて生きていたのかがわかってきました。

◆ケンヘルケプシェフさんの一生◆

父の仕事の関係でデル・エル・メディーナに移り住む。
↓「勉強しないとダメな大人になるぞ」と父から言われて育つ。
↓ 庶民のエリート職「書記」を目指す。
↓ 思春期を迎え、恋をする。
(17編の愛の歌と、女性からのラブレターも見つかる)
↓ 書記になり「王家の谷」で墓造り職人の監督をする職に就く。
 (王家の谷では直筆のサインが多く発見されている)
↓ 口うるさい上司と自分勝手な部下たちによるストレスで不眠症に悩まされる。
 (部下たちの出勤簿には、二日酔い、サソリに刺された、自分の誕生日、など、好き放題な欠勤理由が書かれている。)
↓ 43年に渡って書記を務め、60代後半でこの世を去る。。。


・3000年も続いた古代エジプト繁栄の秘密とは・・・

1.貴重な知識の伝承と共有
農業に関する情報や、最先端の医療技術の情報などを、ファラオが積極的に民衆に公開し、社会生活を活性化させていた。
貴重な知識は代々受け継がれていった。
(「これは200年前のパピルスから書き写したものである」という注釈が付いた数学問題集のパピルスが見つかっている:リンド数学パピルス)

2.民衆の声を優先する政治
紀元前1156年ラムセス3世の時代に、デル・エル・メディーナの職人たちによる給料未払いに対するストライキが起こる。
数日後、給料(パンや麦)が支給される。
→ファラオと民衆の間には対話が存在し、ファラオへの抗議も可能だった。
リマ:ホントかな〜?

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リマ:なんだか、良いところばかりのような気がしますが、そういう面もあったんだと思います。
ケンヘルケプシェフさんは当時の
エリート職「書記」になれたので、庶民としては良い生活だったのでしょうね。
上司と部下の板挟みで不眠症になるなど、今の
中間管理職と変わりません。

庶民の生活にどのくらい魔術呪術が関わっていたかを知りたいところですが、NHKでは無理ですね。

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2016.02.20 Saturday 22:14 | comments(0) | - | 

古代エジプトの魔術書が解読されたらしい

パピルス
【古代エジプトの魔術書、クリックすると拡大します。】

最近、古代エジプトの魔術に興味が湧いてきました。
それで、古代エジプトの魔術について調べています。

こんな記事を見つけたので、ご紹介しますね。

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古代エジプトの魔術書が解読されたらしい
 2014/11/27


数々の呪文と祈祷法が記載された古代エジプトの魔術書が研究者の手によって解読されました。
研究者はこの本を「Handbook of Ritual Power(儀式手引書)」と呼んでいます。

20ページ程のパピルス紙束に綴じられたこの書物は、1300年ほど昔コプト人(古代エジプト人)がコプト語によって記したもののようです。

内容

書物には相手を惚れさせる呪文や仕事で成功する魔術など、ハウツー本でありそうなものからはじまり、悪霊を退散させる方法、危険な細菌感染症の治療法などの多岐にわたった内容が掲載されているようです。

儀式の手法も流石に本格的で、例えば「誰かを支配下におきたいのならば、二本の釘に魔法の呪文を唱え、対象者の家の扉の左に一本、右に一本打ち込むべし」といった指南がなされているのだそうです。

誰が使っていたのか

この本は「写本」と呼ばれる種類のもので、儀式の実行者がその方法を学び、そして実践するために使われていたのではないかと考えられています。
ただ必ずしもその使用者は、司祭や修道士であるとは限らないそうです。

「自分たちが世間から魔術師だと見なされてしまうことを恐れてその事を隠さなければならないような、聖職者や修道士の身分ではない実践者たちがいたのではないかと私は考えている」と写本を解読したオーストラリア、マッコーリー大学のChoat教授は述べています。

魔術を学び行うにあたって、自らの身分を隠さなければならなかった実践者とは一体、どのような人達だったのでしょうか。

グノーシス主義セト派

写本が書かれた7世紀から8世紀にかけては古代エジプト人の大部分がキリスト正教徒でした。
そのために写本にはキリストにまつわる記述も多く見られます。

しかし、いくつかの儀式は「グノーシス主義セト派」と呼ばれる集団との関係を強く想起させるものだそうです。

グノーシス主義の中において、アダムとイブの三男であるセトを崇拝する宗派をセト派と呼びます。

彼らは西暦初期のエジプトにおいては隆盛を誇りましたが、キリスト正教徒の指導者達により異端者とみなされて次第に排斥されるようになり、7世紀には歴史の舞台から完全に姿を消してしまいます。

解読された写本にはセト派の儀式とキリスト正教の儀式の混合した記述がみられるそうです。

その事から「写本は魔術の教本から全てのセト派の儀式が失われてしまう前の過渡期に記されたものではないか。写本が記されたその後に、それぞれに分かれて記載されていた全27個の儀式は、キリスト正教の儀式と組み合わされていき、新しい別の『一つの儀式』として継承される事で、セト派の儀式様式は失われていったのではないか。」とChoat教授は推測しています。

相手の文化・教養を消し去る事を目的とした文化の融合は、これまでの史実の中で何度も繰り返されてきました。

写本は、排斥されて消失していくセト派の知識を守りゆくための砦だったのかもしれません。

その後

現在この写本は、マッコーリー大学の古代文明博物館に保管されています。
しかし、大学の博物館に所蔵されるまでの経路は謎に包まれています。

1981年の終わりにウィーンで古物商を営む男から、このパピルス紙の写本を手に入れたという事だけが確かな事実のようです。

原文はこちら
http://sign.jp/b3996d52

どんな魔術なのでしょうか?
興味ありますね〜
ヽ(´∀`)ノ


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2016.02.19 Friday 19:47 | comments(0) | - | 

呪術に長けた医師募集、古代エジプト

エジプト医師
【紀元前1500年頃の偏頭痛の治療法、患者の頭に土製のワニを乗せ、その口にハーブを詰め込んでまじないをかけています。】

 古代エジプトのことをネットで見ていたら、面白い記事を見つけました。

・医術と呪術に長けた医師募集(古代エジプト)

「半分は呪術師」だった古代エジプト医師

・古代エジプトでは、専門職としての医師が存在していました。

・当時の医術には外科的処置や薬剤の処方だけでなく、まじないを唱えて神霊の力にすがる「呪術」が含まれていました。

・当時、医療行為は神聖なものとされ、治療の際には必ず癒しの神への呪文が唱えられていました。
紀元前1550年頃の医学書『エドウィン・スミス・パピルス』には、当時の外科的処置の方法が、まじないの文言とセットで記されています。

例)骨まで達する頭部外傷への処置
患者を見つめながら「頭部に傷を負った者よ、私はこの病を治さんとす」と唱える。
初日は新鮮な肉を巻き、リネンの包帯を2枚当てる。
その後、患者が回復するまで動物の脂と蜂蜜、糸くずを使って処置をする。


古代の医学先進国だったエジプト

紀元前332年にローマ帝国により支配される以前のエジプトでは、非常に医学が進んでいました。
ギリシアの詩人ホメロスは、長編叙事詩『オデュッセイア』の中で、「エジプト人はあらゆる人間の中で最も医学に秀でている」と記しました。
歴史家ヘロドトスも、自らエジプトを訪れ、エジプト人の医療に関する知識の広さを書き残しています。

当時のエジプト医学は、頭を診る医師、腹を診る医師、歯科医、眼科医、産科医などさまざまな専門別に分かれていました。
治療は医学書に記された治療法や処方の通りに行われ、医学書の通りに治療をして患者を救えなくても罪にはなりませんでしたが、医学書と異なる方法を用いて患者を死なせた場合には、重い罪に問われました。

古代エジプト医学の特徴の一つが、非常に多種多様な薬を治療に用いていたことです。
内科の病気や治療法が臓器別にまとめられた、紀元前1550年頃の医学書『エーベルス・パピルス』には、200種類以上の治療薬が記載されています。

薬の材料には人間や動物の糞、髪の毛、花崗岩や赤鉄鉱など、薬効を期待できそうにないものもありましたが、ケシやセンナのように、現代でも有用な薬草や生薬も多く含まれていました。

こうした治療薬は外科的処置の方法などとともにギリシアやローマにも伝えられ、後世の医療に影響を与えることになりました。

 
世界最古のハゲ薬

『エーベルス・パピルス』には消化器科の病気から婦人科、皮膚科、眼科、神経科、循環器科の病気、果ては神や悪霊が引き起こす“アアアの病気”まで、実に多岐にわたる病気への処方が記されています。

中でも目を引くのは、「ハゲ」に関する薬の処方が記載されている点です。
おそらく世界最古のハゲ薬の記述であり、薄毛は紀元前から人間の悩みであったことがうかがえます。

肝心の中身は、「ライオンの脂」「カバの脂」「ワニの脂」「ネコの脂」「ヘビの脂」「エジプトヤギの脂」を混ぜて、頭に塗るというもの。

現在この薬を作ろうとすると、ワシントン条約や各国の動物保護関連法に抵触するおそれがあります。
ご注意ください。

原文(引用文は少し変更してあります。)
http://epilogi.dr-10.com/articles/436/

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現代医学が、最も進んでいると考えている人は多いですが、本当にそうなのか?と思うことがよくあります。

欧米では、ホメオパシーやフラワーエッセンス、気功など代替療法がさかんです。
スピリチュアルイベントでも、エネルギーワークやヒーリングがたくさん出展されています。

呪術魔術の効き目を本格的に調べたらどんな結果が出るか楽しみです。
o(^o^)o

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2016.02.17 Wednesday 09:18 | comments(0) | - | 
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